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映画、アニメ、漫画、音楽などの雑記。ファーストインプレッションを大切に。

『劇場版 ソードアート・オンライン -プログレッシブ- 星なき夜のアリア』感想/結城明日奈がアスナとしての覚悟を決めるまで

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(C)2020 川原 礫/KADOKAWA/SAO-P Project

 

私が私でいるため。このゲームには負けたくない。

本作『劇場版 ソードアート・オンライン -プログレッシブ- 星なき夜のアリア』は、そんなアスナの言葉と覚悟の上に成り立つ物語だった。現実と虚構の狭間で、彼女は強くしなやかにまっすぐ目の前の道を往く。

 

サブタイトルとなる『星なき夜のアリア』。

星や星座を見ればその方角が分かることから、それらは道しるべを示す手がかりとなる。星というのは様々な意味を含んでいるだろうが、ゲームに敗れたら現実世界で死に至り、クリアまで果てしない道のりが続く『ソードアート・オンライン』においてその道しるべは「希望」を指すのだろう。

 

アインクラッド編では、ゲームに幽閉され命をかけた物語が幕を開ける。絶望の最中、人々は現実世界へ帰るためわずかな希望を胸にステージを進んでいくことになる。だが100層ある内の1層ですらろくに攻略の糸口を掴めずにいたゲームユーザーは、その希望を失いかけていた。

まさに星のない夜のような真っ暗で先の見えない状況だと言えよう。瞬く星のない夜、視界も奪われている中、頼りになるのは聴覚。そこに希望のアリアが聴こえる。

 

ヒットポイントも残りわずかの絶体絶命の状況下で希望を失いかけるアスナの元に現れたのはキリトだった。彼の叫び、繰り出される斬撃が発する金属音。それは光を失いかけたアスナに届く希望そのものに他ならない。本作はそんな一筋の光が鮮明に見える作品だったと言えるのではないだろうか。

 

 

『劇場版 ソードアート・オンライン -プログレッシブ- 星なき夜のアリア』の物語は結城明日奈の日常から始まる。

裕福な家庭で育ち、学業も優秀で一見何不自由なく暮らしているように思える明日奈。

 

だが、彼女に対する母親の目は厳しい。

学校の成績が良いのは当たり前。頑張ってテストで良い点を取っても褒められることはなく、認めてもらいたいという欲求も虚しく、言葉の針でチクチクと刺される毎日。

 

そんな明日奈の周囲には学友がいて、勉強でもスポーツでも皆に頼られる存在だ。この一連の描写では自己最高得点を更新し一喜一憂する学友と、学年2位の成績を収めても母親に褒められることのない明日奈の対比をまざまざと見せつける。尊敬の眼差しを向けられはするものの「結城さん」と呼ばれるその関係は、果たしてどこまで親密度を測れるだろうか。

 

そこにいつも学年トップの成績である深澄。しかし、明日奈と違って深澄は学校で独り。学年トップの成績を残しても、それを褒めてくれたり隣に座ってくれる友達はいない。彼女には明日奈以外に友達と呼べる存在はいないのである。

 

そんな深澄は孤独で空いた穴を埋めようとするかのように大好きなゲームに熱を上げる。熱量の違いから友達と仲違いをしてしまった過去を振りほどこうとすらしているようにも思えるが、お家柄の厳しさと天秤に乗せながらもそれに付き合ってくれる明日奈の包容力が伺える。

ゲームが上手いことや勉強が出来ることといった、何かに秀でた者であるが故の孤独。誰かとは分かち合えない部分を持つからこその他人との線引きが、ミトのアバターが別性かつ実年齢とも離れていることに繋がるのかもしれない。

 

アスナとミトの対比は、ナーヴギア起動後も顕著だ。

自分とは正反対の大柄な男性のアバターで村を闊歩するミトとは違い、アスナは自身の写真を元にしたアバターを使用し、ゲーム内において友人の本名を大声で叫んでしまうというギルティにすら無自覚である。

 

ミトにSAOでの生き方を学ぶアスナ。学業でもゲームでも上を行くミト。自分のレベルの高さ故に他者との熱の乖離を生み溝を作ってしまった過去との決別を誓い、ミトはアスナに生きる術を与える。

キリトはソロプレイヤーであるがために他人との距離感が分からない。これは後にアスナを救った際のぎこちない発言やマップを渡す距離感にも如実に現れている。ミトの行動はキリトの人となりとの対比にもなっていると言えるだろう。

 

そしてアスナとミトが極限に立たされる崖。本作のターニングポイントとなるシーン。

結果的に2人は別の道を往くことになるわけだけれど、ミトがアスナとのパーティーを抜けてその場を去ったことは大切な友人を救えない自分と、彼女の死から目を逸らし逃げるという行動に他ならない。

恐らく我々がミトに対して抱く感情が最も大きくなるシーンであろうが、しかし自分の命すら失いかけて尚アスナの元へ向かえるか不明瞭だという厳しい現実を鑑みると、この選択は生存本能に従った結果の、実に人間らしさの詰まった行動と言えるのではないかと思う。

 

アスナはパーティーを組むという行為についてミトから「友達である証」だと説明を受けていた。それを解消されたということはアスナにとってその行動以上に「仲違い」という大きな意味合いを含んでいる。

 

アスナの夢の中の光景は、紛れもなく彼女の願望そのものだ。母親に褒められ、父親や兄に認められ、そこに生まれる家族団欒の時間。ゲーム内とは違う、これまでの日常における結城明日奈の願いだ。

だが、奇しくもそれは現実ではない。今、アスナが生きるべき現実は、ゲームの世界に広がっているのだから。

 

そのような中でアスナに提供されたクリームパンとお風呂は、今後のゲームでの歩みにおいてキリトから差し出されたささやかな希望のメタファーだ。一方のミトは「絶対にアスナを守る」という約束を守れないと悟った絶望と、友達の死を目前にする辛さから逃げてしまう。

 

現実世界に戻れなくなった今、ゲーム内で無自覚ながらにもアスナに希望を差し出すキリトと、共に生き抜くことを放棄してしまったミト。2人がアスナにもたらす価値が、アスナの中で残酷なまでに明確に、そして決定的となっていく。

 

キリトから受け取った希望は、アスナの中で徐々に大きくなっていったことは言うまでもない。ミトが自分から離れていった事実を受け入れながらも責めることをせず前に進むことを決めたアスナ結城明日奈というヒロインの完成度を体現した心の清さに、胸がいっぱいになる。

 

ボス戦への道中は、アスナがゲーム内における生き方への問い・迷い・覚悟が混ざりあったものであり、これまで同様のゲームをプレイして来なかったごく普通の女の子が生死をかけた戦いの地に向かう狭間。普通のゲームであれば(アスナの言葉を借りるのならば遠足のような)移動にこれほどの時間と労力は使わない。

 

そんな束の間の精神的な休息と、彼女の道に後ろはないという区切りのシーン。現実とは認めたくない現実を受け入れると共に、このゲームに屈しないと胸に刻むアスナの隣には、キリトがいる。

 

結城明日奈アスナとして自らの足で前を往く『ソードアート・オンライン -プログレッシブ- 星なき夜のアリア』。アスナが閃光と呼ばれる前の序章。

次回作の公開も発表された『プログレッシブ』において、アスナの行く末を見届けられることがとにかく楽しみでならない。