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映画、アニメ、漫画、音楽などの雑記。ファーストインプレッションを大切に。

『どうぞ愛をお叫びください』感想/ゲーム実況動画好きにはたまらない熱さと爽やかさを兼ね備えた1冊

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www.shosetsu-maru.com

響け!ユーフォニアム』シリーズ著者が贈る、爽快度120%の最旬青春小説!そう銘打たれた武田綾乃先生の最新刊は、爽やかでありながらも確かな熱を帯びた1冊だった。

  

『どうぞ愛をお叫びください』。YouTuberとして活動を始める男子高校生4人組の生き生きとした日々を紡ぐ青春物語だ。

 

近年の将来なりたい職業ランキングで上位に来るYouTuber。人気YouTuberともなればバラエティ番組やテレビCMでその姿を目にすることも多くなってきた。毎日の動画投稿を心がけるYouTuberも多いため、彼らのアップする動画が日常に欠かせない存在となっている人もたくさんいることだろう。

 

そんなYouTuberとしての活動を共にしていこうと、動画編集が趣味の松尾直樹(ばしょー)は同じクラスの織田博也(ノブナガ)から誘われ、同じクラスの坂上明彦(田村まろ)、1つ年上の夏目拓光(そうせき)と共にYouTubeチャンネルを開設。ゲーム実況グループ「どうぞ愛をお叫びください」(略して「愛ダサ」)としてゲーム実況動画をアップしていく。

 

本作は今やすっかり市民権を得たYouTuberというクリエイターにゲーム実況という軸を据えている。次から次へと場面転換のあるゲームのプレイ風景をどのようにして活字で展開していくのだろうと思っていたのだけれど、なるほど『愛ダサ』はまさに「読むゲーム実況動画」の側面も持ち合わせていた。

 

登場するゲームはマリオカートスマッシュブラザーズなどいずれも実在するソフトとなっている。もちろんゲーム機もNINTENDO64Wiiプレイステーションといったハードが出てくるため、馴染みのある人からすると見知ったゲームを登場人物らがプレイする様にワクワクすることだろう。

 

ゲーム自体をあまり知らない人のためにも、ゲームのタイトルが登場するとそれがどのようなゲームなのか説明書きが入るため、とてもイメージがしやすい。そして録画が始まるやいなや、愛ダサメンバーが実に軽快にテンポ良く実況をスタートする。始めこそ4人のセリフが被ったりテンションが分からなくなってしまったりと苦戦をするのだが、彼らは鋭い感性で少しずつ軌道修正をして魅力的なゲーム実況に仕上げていく。収録シーンを読み進めていたはずが、気付けばゲーム実況動画が脳内再生されているのだ。

 

対戦ゲームで思わず口が悪くなってしまったり、白熱するとゲームの操作音が激しさを増していくなどのゲームあるあるネタも満載で、まるで自分が学生時代に友達と家に集まってゲームに熱中していた頃を思い出して感慨深さを抱きながらもページを進められる。

 

そもそもYouTuberになるにあたり様々な動画のジャンルが存在する中でなぜゲーム実況を選んだのかというのはぜひ『愛ダサ』を読んでばしょーの分析力を感じてほしいのだけれど、本作はそれだけでなくて、とにかく武田先生のゲーム実況に対しての愛が強く感じられる。

 

本を開く前に以下のインタビューを拝読したのだが、武田先生は大のゲーム実況動画好きなのだそう。特にお気に入りなのが4人組の「ナポリの男たち」とのことで、僕自身「ナポリの男たち」のメンバーである「すぎる」がユニット結成前の個人実況動画をよく見ていたこともあって、とてつもなく親近感が湧いた。

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ゲーム実況動画にもいくつかジャンルがあって、それは実況者の反応をより楽しむことのできる完全初見実況だったり、難易度の高いゲームの攻略方法を落とし込んだ解説実況だったりするわけだけど、特に前者の動画はとにかく実況者の人となりに惹かれるされるケースが多い。4人組ともなればワイワイと楽しげにゲームをプレイするスタイルがオーソドックスだろうが、なんと言ってもメンバーの掛け合いが最大の魅力だろう。ゲームを進めながら行われる実況や解説、メンバー間の会話は実に小気味よく、その空気がフランクだからこそ自分も同じ部屋でゲームに参加しているような感覚に陥る。「ナポリの男たち」はまさにそれを象徴するようなユニットだし、「愛ダサ」の構成を考えるにあたって踏襲された部分もあるのではないだろうか。

 

「愛ダサ」の活動名をそれぞれの名字から連想する歴史上の人物からもじっているのは人気ゲーム実況コンビの「幕末志士」から来ているのだろうか、他にも4人組のゲーム実況者「ボルゾイ企画」や「最終兵器俺達」などからヒントを得ている部分もあるのだろうか、などと勝手に考えるのもゲーム実況好きとしてとても楽しい。

 

僕もゲーム実況動画投稿の経験があるので、「愛ダサ」メンバーが動画投稿を始めたばかりの言い知れぬ高揚感には共感するところが多かった。始めの頃はコメントが1つ付くだけで嬉しかったし、2,3桁の再生数を推移していたものが1000回再生、5000回再生、10000回再生…と徐々に再生数を伸ばした時にはちょっとした達成感すら感じたものだ。始めたての実況者なんて3桁再生すら届かず動画が埋もれてしまうことなどざらにある。だからこそYouTuberを始めたてのばしょー達の期待と焦燥に揺れる気持ちも痛いほど分かってしまう。

 

動画投稿者の多くは人気YouTuberの動画を見て「自分もこんな面白い動画を撮って、たくさんの人に見てもらいたい!」と意気込んで活動を始めるものだ。それが実際始めてみたら全く再生回数が伸びなかったりする。最初はそんなものだろうと割り切って投稿回数を重ねても大抵の場合は期待通りの結果にならず、大手実況者の凄さを痛感すると共に自分は何が悪いのだろうとマイナスなところばかりに目がいく。

 

作中でも語られているが、始めから動画が伸びるのは芸能人などネームバリューのある人のものか、よほど企画力や話術に優れたものだ。大事なことは継続して動画をあげて投稿者としての認知度を高め、ファンを獲得すること。動画投稿は動画自体の質ももちろん大事だが、戦略や運の要素も含まれる。飽和状態である以上、面白い内容でも見られなきゃ伸びない。どんなに面白い実況動画だって、人々に再生されなければそれが面白いかどうかの判断も下されないのだ。

 

『愛ダサ』はそんな実況者目線の戦略的な要素も十二分に楽しめる。まずは動画を見られるようにする、当たり前のようで最も難しいことだがこれがとになく重要だ。そのためには動画投稿時間を固定化して人が多く集まる時間帯に動画をアップしたり、投稿頻度を増やして少しでもたくさんの人の目に触れさせたり、サムネイルのデザインも工夫して見た人が気になるものにしたり、他の動画の関連動画に表示されるようにタイトルをいじったりと、考慮するべき点はいくつもある。「愛ダサ」メンバーは焦燥感に駆られながらも、それらの戦略を仲間内ですり合わせを重ねて活動を続けていく。

 

だが、ある程度の知名度を得ると今度はアンチの存在がチラつくようになる。これはもう多くの人の目に触れることとなれば必然とも言えるが、心ないコメントの数々は高校生には少々毒が強いことだろう。残念ながらメンバーも心ないコメントに傷心することとなる。この一連の流れには、若くして才能を評価されて2作目にしてアニメ化や映画化までされた作品を世に送り出した武田先生がひとりの作家として思うところがあるのだろうか。そんなことを考えずにはいられない。

 

「愛ダサ」メンバーがYoutuberとしての活動を通して感じることは、かけがえのない人間関係の尊さや自分が本当に打ち込みたいことへの信念など、きっと動画投稿者に限らないことなのだろうと思う。そんなまっすぐな物語は主人公を高校生という青春真っ只中の年代にしているからこそ瑞々しさが増してとても眩しい。

 

『どうぞ愛をお叫びください』はゲーム実況好きにはたまらない1冊であることは間違いないが、ゲームやYouTubeに馴染みのない人にも多く刺さる熱さを持った作品になっている。皆さんぜひ手にとって、どうぞ愛をお叫びください。

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サイン本も購入できたので大切にしたいと思います。