てょログ

10versLible

映画、アニメ、漫画、音楽などの雑記。ファーストインプレッションを大切に。

『イエスタデイをうたって』とかいう沼アニメにハマってしまったので助けてほしい

f:id:kuh_10:20200422134349j:image

2020年4月からアニメの放送がスタートした『イエスタデイをうたって』。

冬目景先生のマンガが原作の、若者の感情の揺れを繊細に描いた青春群像劇だ。

 

タイトルは知っていたものの恥ずかしながら読んだことのなかった作品だったので、これを機に作品に浸ってみたらとてつもなく心に響いてきて大変驚いております。助けてくれ。

 

だいたい、アニメの放送がNUMAnimation(ヌマニメーション)というレーベル枠となっていて、こんなレーベル名あったっけ?と調べたところ、どうやら2020年4月からの新たな枠とのことでいきなり沼に引きずり込もうとしているではないか。

 

制作は動画工房、そこに藤原佳幸監督の文字列。ほら完全に沼からこっちに手招きしている。

そして観終えたら後の祭りで、沼から皆さんをじーっと見つめているのが僕ですこんにちは。そんな沼アニメのあらすじから、3話まで観た感想を述べていきたい。

 

大学卒業後、定職に就かずコンビニでアルバイトをする日々を過ごす陸生の元に、カラスを連れたミステリアスな少女・晴が現れる。晴の破天荒な振る舞いに戸惑う陸生だったが、大学の同期で想いを寄せていた榀子が地元から東京へ戻ってきていることを知り、彼の人間関係が少しずつ変化していく…。

 

1話「社会のはみ出し者は自己変革を目指す」では陸生と晴の出会い、榀子との再会そして告白を描いていくのだが、あっという間の時間だった。それほどまでに、初っぱなから惹かれてしまった。

 

コンビニの裏口で廃棄弁当をカラスにあげる陸生。

現代社会においてカラスはゴミをあさって辺りを散らかすイメージが強いことから、どちらかというとマイナスな印象を持たれる方が多いだろう。自らを落ちこぼれだと自覚する陸生が、マイナスイメージもあるカラスと場を共有する。彼の後ろ向きな面持ちを象徴する場面だ。

 

f:id:kuh_10:20200422165255j:image

©冬目景/集英社イエスタデイをうたって製作委員会 

 

だが陸生と晴との出会いは、そんなカラスへの餌やりの場。そしてその瞬間にカラスは羽ばたき、風が吹く魅せ方は実に運命的である。

 

座っている陸生が声のする方を見上げるとカラスの羽が舞い、ローアングルから映る晴。コンビニの裏口という暗がりから、晴の方を見上げると青空が見える。

まさしく、将来の目標もなく焦燥感に駆られる陸生が晴の出会いでこの先の未来が見える、そんなこのシーンでの緻密な作りにハッとさせられた。何気ないカットに「何かが始まる」と気付かされたわけだ。

 

さらには本作はリアルな描写が多くて、切り取った日常を魅力的に描いている。登場人物のセリフや仕草、背景のタッチに色使い…制作陣の細部までこだわった丁寧な仕事に頭が下がる。

 

登場人物の視線の投げ方や指先のちょっとした動きだったり、そんなささいな仕草にすら感情が色濃く表れていて本当に見事だ。

 

秀逸なシーンのひとつが、1話での陸生の告白シーン。戸惑いを見せる榀子だが、その瞬間に表情を描かず、後ろ姿を映し込む。手を後ろに組んで、言葉も少しの間をあける。

 

f:id:kuh_10:20200422170500j:image

©冬目景/集英社イエスタデイをうたって製作委員会 

 

言葉を発さずとも空気感で登場人物の感情を浮き彫りにする。だからそれらを感じた時の余韻が凄まじいし、直接心に訴えかけてくるような力があり、ノスタルジックな気分に浸らせてくれる。ここぞという時の目元だけのカットも印象強く、直接的な描写をしない美しさが作品に深みを与えているように思う。

 

2話『袋小路』では榀子の幼馴染の浪が引っ越してくることで、四角関係に切り替わるだけでなく、榀子の過去についても明らかになる。1話で感じていた違和感や含みを心で紐解きにかかる。榀子の抱える過去と想いは、公園に咲き誇る桜の美しさに反して辛いものだった。

 

f:id:kuh_10:20200422170110j:image

©冬目景/集英社イエスタデイをうたって製作委員会 

 

それでもやはり晴が榀子に宣戦布告するシーンは物語を動かしていくと同時に、あっけらかんとして陸生に接する晴と、恋愛に対して脆さのある榀子の人物像の対比を明確にしている。

 

一見、なんてことのない日常のようで、登場人物の感情の揺れは様々だ。その時々で感情移入する人物がどんどん移り変わる。

彼らの言動に共感することもあれば反発したい気持ちもあるし、ふとした時に心をぐさりと突き刺してくるようなセリフもあって油断ならない。生まれては消える心の波紋を、繰り返し感じられる人間ドラマも、実に惹き込まれる作り込みだ。

 

時代背景が少し前なので連絡手段も電話くらいのもので、結局のところ会って話すのが1番だったりする。それが3話「愛とはなんぞや」で痛感するわけなのだが。

 

待ち合わせ場所に人が来なければ公衆電話から自宅にかけるしかない、そんな時代。だからこそ生まれる物語があるし、芽生える感情がある。

連絡手段に乏しさも侵した失態に拍車をかけてしまった陸生。一方で、あえて連絡先を聞かずに心の逃げ道を作っていた晴の繊細さも見え、またひとつ彼女の女性らしさが見えた気がした。

 

晴は陸生に見返りは求めないと言いながらも、相手にとって重いと思われるかもしれないという自覚もあるから、常に心に余裕を持つようにしながら明るく振る舞っている。人間らしさがどんどんと溢れて、話数を追うごとに魅力を増しているからすごい。

 

そして、それらを内包して演じるキャスト陣。登場人物らの内面を汲み取りながら行う芝居の連続に、大きな魅力がこれでもかと詰まっている。誇張のない人間味のあるセリフが多い作品だが、キャスト一人ひとりのリアルな演技がこの作品には息づいている。

 

監督もある程度は演技の方向性をキャストに任せているところがあるらしく、例えば時代背景が少し前となっているためセリフをあえて古風な言い回しに変えてみたり。そうやってアフレコをして構想を膨らませるなんてこともあるのだそう。

 

ところで、陸生が想う相手である榀子だが、見え隠れする毒にクラクラしてしまうのは自分だけだろうか。

何というか、いちいちツボを刺激してくる感じがして非常に危うい。歳下だけど、さん付けしたくなる。歳下だけど、君って呼んでほしくなる。できれば「君」じゃなくて「キミ」って呼んでください。

 

陸生が行かなかった同窓会の帰りにアルバイト先のコンビニに立ち寄り、残った料理を片手に「私がいない間ちゃんと食べてた?」と心配してくれる榀子さん。こんな人います?健気なのか計算なのか…それが分からない今、既にその毒に侵されているのだ。

 

バイト終わりの陸生をさりげなくファミレスに呼びつける榀子さん…。さっさとタイムカードを切ろう。いいよ、レジに並んでる人はほっといて。

 

回想で「私はね、教師になりたいんだ!」と夢を語ってくれる榀子さん。なんて明るい未来なのだろう。合掌。

 

「授業サボっちゃダメだよ?」とたしなめる榀子さん…なんて面倒見の良い女性なんだ、その一言のためにサボり続け単位を落とす覚悟が出来た。

 

ファミレスの帰り道、「この辺りをさ、学生の時夜中歩いたことあるよね」と思い出話をしてくれる榀子さん…その思い出こそが僕を強くしているよ…。

 

さりげなく「面倒を見ないといけない気にさせられるのよね」とか言ってくる榀子さん…し、榀子さん…それって……?????????????

 

榀子さんを家まで送り届ける陸生。

榀子「送ってくれてありがとう」

陸生「あぁ…榀子」

榀子「うん?」

陸生「また寄ってみてくれよ」

榀子「うん…そうだね(←ここの若干のウィスパーボイスが最高すぎて最高)」

ぼく「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァァァァァァァァーーーーーー!!!!!!!!!!!!」

f:id:kuh_10:20200422180342j:image

©冬目景/集英社イエスタデイをうたって製作委員会 

 

そんなわけで、アニメ『イエスタデイをうたって』の沼に見事に足を取られている。みんな、ここの沼はいいぞ。