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映画、アニメ、漫画、音楽などの雑記。ファーストインプレッションを大切に。

劇場版公開を前に『SHIROBAKO』を見返して感じた、仕事に情熱を燃やす人の美しさ

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劇場版の公開を前に『SHIROBAKO』を見返したのだけれど、当時テレビ放送をしていた頃と自分の見方がまるで変わっていて驚いた。

 

放送当時は本作の主人公・宮森あおいが武蔵野アニメーションの制作進行として作品を完成させるまでの目まぐるしい展開に一喜一憂していたことを鮮明に覚えている。

ある種メタ目線で描かれるアニメ制作の模様に目を丸くし、これまで自分が当たり前のように見ていたアニメもこれだけの工程を経て出来上がるのかと感嘆した。業界の過酷さは様々な声を聞いていたが、これほどまでなのかと。多忙かつ余裕のない制作陣の奮闘にドギマギしながらも、その苦難をどう乗り切っていくのだろうと毎週楽しみに見ていた。

 

しかしながら、1週間ほど前からシリーズを見返し始めた時には、1話からそわそわしてとにかく落ち着かない。放送当時のようにワクワク感だけで満たされるような感覚はなく、心無しか呼吸が早くなる。以前まで楽しく見ていた作品が、見ることに少しカロリーを使うようになっている。

 

冒頭から進行の手違いやサーバートラブルによりアニメの納品に危機が訪れ、思いつく限りの代替案も潰れ万策尽きていく宮森の精神的な疲弊がこちらにもビンビン伝わる。休みの日に見ていたって、場面によっては仕事に駆り出されているような感覚に陥る。

 

そしてその理由に行き着くのに時間はかからなかった。間違いなく、放送時に大学生だった自分が現在社会人になって作品を見ているからである。業務遂行の過程で一難去ってまた一難という状況は、痛いほど分かるのだ。

 

というのも、僕もアニメ業界とは異なるが、広告関係において進行役を経験している。打合せ、日程調整、ヒアリングや取材、原稿作成、初稿、校了…などなど、納品に向けて舵を取りながら進行していく。当然、予定通りに進まないことだって多々あるが、出来る限り円滑にまとまるようにコントロールし対応していくわけだ。

 

それぞれの締切を把握した上で関係各所に伝達やリマインドをする分にはスケジュールの逆算だ。これは、打合せから納品への各日程を理解し、見落としさえなければ難しくはない。

進行の難しいところのひとつは、関わる窓口の人間の性格が違ってくる点である。『SHIROBAKO』でもその様子が明確に描かれており、広義ではあるが近しい職種を経験する身としては分かる分かると頷きながらも思わず頭を抱えずにはいられない。

 

3話でカッティングのあがりについて矢野から聞かれた宮森。担当者に電話した時はやってますと言っていたので大丈夫だろうと思っている宮森に対して「あの人の『やってます』と『あとちょっとです』は信用するな」と当然のようにアドバイスする矢野。

締切に対してやけに悠長な人、いますよね…。たまに時間の概念がおかしい人、いますよね…。

そういう人に対しては締切を前倒して伝えたり、進捗を随時確認したり、あがってくる時間を決めさせて釘を刺しておいたりしなければならない。十分すぎるほどに念押しをしておかないと、締切直前に身動きが取れなくなることもざらだ。一度言ったくらいでは次回同じような案件が降ってきた際に活かせない人はごまんといる。

 

締切の重要性を理解していない人に対しては、しつこいくらいがちょうど良い。こちらからお尻を叩いてあげなければ後々苦しくなってしまうのは自分だ。急な対応に追われるだけでなく、関わる人々にもしわ寄せがいき迷惑がかかる。

 

また、ひとつの案件を進行として管理していく中で、複数の人を介したり垣根を超えたりすると見えてくる伝達のズレも、どうしたって出てきてしまう。

5話で爆発シーンを手描きでいくか3DCGでいくか、ムサニ内で揉める描写がある。作画班とCG班それぞれにその場しのぎのやりとりをする高梨は現場を収拾できなくなっていくのだが、こういうことって往々にして発生していることだよなぁと。

A社はあぁ言っている。B社はこう言っていたらしい。C社に確認したら、どちらでもない。一見おかしなことだが、不安材料を手にしたまま事が運んでいるとやはり遭遇したことのある状況なのだ。だからこそ、特に締切が迫っている物事に対しては状況整理をして自分の中に落とし込む必要がある。

 

とはいえ、スピード感ばかり気にしていてもいいわけではなくクオリティを保つ必要があるのも事実。締切はあくまでもマスト。その中で届ける先へ満足のいくものを提供することが課せられた使命である。

工数を重ねる中で水準を下回ると発生するトライアンドエラー。作画やアニメーションに、声や演技や音響の質、これらが各専門のプロによってひとつにまとめられていく過程で、より良いものを追及していけば修正が発生することだってやむを得ない。そんな時はリテイクの量やそれを実現する人員とスケジュールを見直した上で、人々を動かしていく必要がある。それがイレギュラーの対応でも、動かすべき人々に的確に指示を出して、飴と鞭を使っていく力量が進行には求められる。

 

社会人としての基礎から業界ならではの苦労が垣間見える日常を経て、ひとつの作品の完成に向かって走っていく宮森あおい。彼女を取り巻く環境とステップアップさせてくれる周囲の人々。その全てが『SHIROBAKO』というアニメ作品を彩り、見ている我々に活力を与えてくれる。

 

現代社会において人が生きる上で避けることのできない「働くこと」とどう向き合うかを、改めて考えさせられた。まだまだ若輩者ではあるが、『劇場版 SHIROBAKO』は自分が社会人として過ごした数年とこれからを見つめる機会を与えてくれるだろう。そんな期待に胸を膨らませながら、今日も元気に残業している。